東京高等裁判所 昭和27年(行ナ)2号 判決
原告 田中栄一
被告 特許庁長官
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「特許庁が昭和二十六年抗告審判第八一六号事件につき昭和二十七年一月二十九日為した審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決を求め被告代理人は請求棄却の判決を求めた。
当事者双方の陳述の要旨は次の如くである。
原告の請求の原因
(一) 原告は昭和二十五年七月二十八日第八類利器及尖刃器を指定商品とし馬の図形を以てなる商標の登録を出願したが昭和二十六年九月二十日拒絶査定を受けたので抗告審判の請求をなした(昭和二六年抗告審判第八一六号)ところ昭和二十七年一月二十九日抗告審判の請求は成り立たない旨の審決があり同年二月五日その送達を受けた。
(二) 右抗告審判の理由とするところは原告の本件出願商標は登録第三四五三六五号の商標に類似するから登録を拒否されるべきものであると謂うのであるがこの判断には次のような事実の誤認あり又審理不尽である。
(1) 本件出願商標は馬だけの図形のものであり、登録第三四五三六五号商標は「万両馬」と太字で顕著に表書きした小判を飛び越えてゐる馬を殊更にその前半身を淡くボンヤリと描いてあるから最先に「万両馬」の太字が目につくようになつてゐるものである。
(2) 右両商標は共に刃物に使用されるのであるが刃物は切味が生命であり、その切味の良否は専ら商標で鑑別されるのであるから看者の商標に対する注意は精細であつて一点一画の相違も見逃さないものである。然るに本件出願商標は単一の馬だけの図形であるのに前記登録商標は前記(1)に示すような図柄であるから強いて馬だけを見ようとしても「万両馬」と太字で顕著に表書した小判の図形が妨げてこれを果さない、従つて両商標は仮令離隔的に見ても外観上間違られることがないから非類似である。審決が登録商標では馬が前半身ボンヤリ描かれ不顕著に表示されてゐることを無視して馬の図形が独り顕著であると認定したのは事実を誤認したものである。
(3) 称呼の点では本件出願のものは「馬」であるに対し前記登録商標は「万両馬」と呼ばれるであろう。蓋し後者では最先に「万両馬」の太字が目につくから図形の馬はこの万両馬の意義を説明するものに過ぎないからである。審決では万両馬の万両は優秀な馬を表はす形容詞であるからこの商標も結局「馬」と呼称せられると判断した。然し優秀な馬を表はすには駿馬又は名馬と言ふ言葉が使はれてゐて万両馬とは言はない。この商標では万両馬の意味を説明する小判と馬とが大小濃淡の差を持つて上下巧みに組合はされて居るのに是等の点を無視して単純に馬と呼ばれることはない。然らば本件出願のものは「馬」登録にかゝるものは「万両馬」と呼称せられ彼此聞き間違られることがないから称呼も類似でない。
(4) 審決は両商標は馬を構成要素として居り且称呼も同じであるから彼此思ひ違ひされると認定したが出願のものは単一の馬であり登録のものは小判万両と馬との組合せであり、且つ称呼も違ふから単に馬と思はれることがない。従つて観念上も両者は類似でない。
被告の答弁
(三) 原告主張の(一)の事実は認める。
(四) 原告出願の商標は昭和十五年十二月十九日に登録出願せられ、昭和十六年八月八日登録せられた。第八類利器及尖刃器を指定商品とする登録第三四五三六五号商標に類似する。原告出願の商標と右登録商標とを比較するに奔走する馬の図形は何れも左向きで大小の差異はあつても極めて近似する。後者は右の外「万両馬」の縦書文字を小判型輪廓内に表はし、これを奔走する馬の腹下部に現はしてはいるが、馬の図形が顕著で両者を離隔して観察するときは彼此相紛はしいから外観上類似の範囲にあるものと認めるのを取引の経験則に照して相当とする。又称呼上から見るときは前者は馬印、後者は「万両馬」の文字を有するとしてもこの万両は優秀な馬を表はす形容に過ぎないことが社会常識であるから「万両馬」の称呼を有すとしても又単に馬印とも呼称せられるであらうことは取引の通念に照らし極めて自然である。従つて両者は「馬印」の称呼を共通にし類似する。更に観念上から見れば両者はいづれも馬を構成上の要素としてゐること明であり称呼も同一であるから取引上その観念においても相紛はしいもので観念上類似する。故に原告の出願は拒絶さるべきものである。
(各立証省略)
三、理 由
事実摘示(一)項記載の事実関係は当事者間に争がない。
成立に争のない乙第一号証によれば審決に引用せられた登録第三四五三六五号商標は昭和十五年十二月十九日出願にかゝり昭和十六年八月八日登録せられ、第八類利器及尖刃器を指定商品とするので、その型態は脚を前後に広く開いた左向きの奔馬を線描きで現はしその腹部に接して下方に小判型輪廓を描きその中に、「万両馬」の三字を太字の楷書体で縦書したもので、図形と文字との結合から成ることが認められる。然しながら原告の主張するように馬の前半身を殊更に淡くボンヤリと描出してあることは右乙号証では判然とは認め難くその他これを確認するに足る証拠はない。
成立に争のない甲第一号証に示された原告の出願商標は左向きの奔馬を線描きで表はした図形で、これを前示乙第一号証に示された前記登録商標に対照して見ると両商標に表はれた馬の図形はいづれも脚を前後に広く開いた左向きの奔馬を線描きで表はし大小精粗の差はあるが極めて近似した図柄である。然しながら登録商標のものは馬の腹部に接して下方に「万両馬」と太字の楷書体で縦書しこれを小判型の輪廓で囲んだ図形が描かれ顕著な特徴をなし見る者に鮮明な印象を与へる。この輪廓に囲まれた文字が本商標の外観上の重要要素となつて居るので、単純な奔馬の図形の原告出願の商標とは外形上相異し両者が類似するとは判定し難い。
次に両商標が取引上如何に称呼せられるかを考えて見る。原告のものは馬印と呼ばれることは双方当事者も認めるところである。登録商標の分は「万両馬」なる文字が顕著に表はれてゐるから「万両馬」印と呼ばれることが普通であろうが、「万両」なる語は「千両」と共に価値の高いことの表徴として使用せられることは顕著なことであるから「万両馬」印を略して単に「馬」印と呼ばれることも起るであらうことは極めて自然の成行きであらう。然らば両商標は「馬」印という同一の称呼で呼ばれることになる訳である。
登録商標には前示の如く外見上の特徴はあつても両者は結局図形において近似する奔馬を構成要素とし、前示のように同一称呼で呼ばれる場合が起るから観念上からも彼此相紛らはしいものであり、結局原告の出願商標は前記登録商標と類似し同一指定商品に使用するものと判断せらる。従つて原告の出願は商標法第二条第一項第九号により拒絶せらるべきもので出願拒絶の趣旨に出でた審決は相当であつて原告の本訴請求は理由がない。よつて主文の通り判決する。
(裁判官 小堀保 角村克己 原増司)